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沿革
1977年10月10日「どうして私たちはすわっているのか。集まって、城壁のある町々に行き、そこで死のう。」(エレミヤ8:14)という御ことばを受け、榊山清志師、仁子師によって、浜松市富塚町に開拓伝道が始まる。六畳と四畳半が礼拝堂、あとの四畳半が住まい、というところからの出発であった。
一年目は、地域の方々に教会の場所を知っていただこうと、トラクト配布に徹し、その中から12名の方々が救われてきた。次の年から、浜松市にある六つの大学で聖書研究会を開こうとビジョンをかかげて、八ヵ月後には全ての大学で聖研がもたれるようになる。会堂は増築され、毎週土曜日の夜は、コーヒータイムという伝道集会が持たれ、このようにして、多くの若者たちが救われてきた。次々と献身者が起こされたため、聖書塾を発足させ、世界宣教・国内宣教のために伝道師・宣教師・牧師の育成に力を注ぎ始める。
1981年浜松市高丘東に、新会堂が与えられる。以前ビリヤード場であった建物が会堂に、喫茶店であったところが交わり室、二階が牧師館となる。このころから、救われた学生が卒業後故郷に帰り、その家族が救われ、群れが起こされるようになり、聖書塾で学んだ伝道師が遣わされて枝教会が拡大していった。
1987年浜松市花川町に新会堂が献堂され、宗教法人の認可を受ける。始めに580坪を購入し、現在2200坪に広がり、借地を合わせると4000坪に教会堂と教育センターが建ち、宣教センターとして用いられている。
海外宣教の働きは、海外から働きに来ている外国の方々が救われ、祖国での宣教のビジョンを持ち、訓練を受け宣教師として遣わされて働きが進められている。1996年に、ブラジルのべレン教会、2000年5月からアメリカのピッツバーグ教会、そして、フィリピンのマニラ教会で宗教法人の認可も受けて活動が拡大している。国内外の宣教は22教会に拡大している。
開拓当初から祈られてきた教会のキャンプ場は、1999年に浜名湖チャペル(200名収容のホテル)、2000年に滝沢チャペル(60名収容のペンション)と奥三河チャペル(40名収容のカナダ産ログハウス)と与えられる。これらの宿泊施設は、聖会、セミナー、子供キャンプなどに、教派を越えて広くキリスト教会に用いられている。 2000年から同信の竹内徹師、外代美師も加わり、ハレルヤコミュニティーチャーチ教団を発足するにいたる。
2011年11月にリゾートホテル、チャペルとマリーナが集まる寸座ビラが与えられる。開放的で開かれた、1000人収容の礼拝堂を造る。
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